『アヒルと鴨のコインロッカー』をはじめ話題の舞台を数多く手がける気鋭の劇作家・演出家、ほさかよう。そのホームグラウンドである空想組曲が1年ぶりに劇場に帰ってくる。小西成弥、中田顕史郎ら濃厚なキャストを迎えて放つ新作は、変則短篇集「組曲『遭遇』」。空想組曲としては計4度目となる変則短篇集シリーズで、劇場に中毒必至の魔法をかける。果たして今度の空想組曲はどんな音色を紡ぎ出すのだろうか。
短篇が苦手だからこそ、挑戦してみようと思った。
――― これまで空想組曲では、タイトルに「組曲」と冠し、3度にわたって短篇集を上演してきた。しかし、当のほさか自身はもともと短篇作品に対して「あまり好きではなかった」と言う。
ほさか「何だか長篇の縮小版のような気がして物足りなくて。だったら2時間で1本の作品を観に行く方がいいなというタイプだったんです」
――― そんな「食わず嫌い」に敢えて挑戦してみるところから、この変則短篇集シリーズは始まった。通常、演劇の短篇と言えば、30分程度の作品が3〜4本並ぶのが一般的。しかし、ほさかはこの当たり前を覆し、「短篇とはどれくらいの上演時間のことを指すのか」という再定義から試みた。結果、5〜10分のショートストーリーを15〜20本連続して上演する、演劇界でも極めて異色の空想組曲式短篇集が出来上がった。
ほさか「やってみて思ったのは、もしかしたら短篇は長篇より疲れるんじゃないだろうかということでした(笑)。でも大変だからこそ面白い。稽古の感覚も独特です。なぜなら、1本が5〜10分だから、毎回通し稽古になるんですよ。それに、尺が短い分、ある程度ミザンス(役者や装置の配置のこと)を決めてしまえば、一旦は出来たことになる。そこから内容をつめていくという作業が異様に難しいんです。台詞を切ったり、テンポを上げたりといった長篇でやってきた手法が、短篇では通用しなかったり。1本ずつは面白くても、いざ並べてみたらどれも似たような味わいに思えてしまったり。それをどう調整していくかには、なかなか苦労させられました」
――― これまで「組曲『空想』」「組曲『回廊』」と変則短篇集に出演した経験を持つ中田も身をもってその難しさと面白さを体感してきた。
中田「役者の視点で言えば、2時間の長篇に出ても、出ずっぱりの主役でない限り、結局自分の見せ場はこの2時間のうちの10分だけやけどねっていうことはまあよくあるわけです。でも短篇の場合はそうはいかない。この5分のうち、自分の仕事はここの30秒だけってことはないじゃないですか(笑)。だから中身は相当濃い。
しかもほさかくんが、長篇の中のいちばん面白い部分を切り取ってくるというか、ギュッとエスプレッソにしたようなものを書いてくるんで、10数本の長篇の公演に出るのとほとんど同じ感覚になる。オモロイですけど、まあ大変ですよ」
ほさか「小西くんは今回が初めてだからね、最初の段階でちゃんと大変だってことは言っておこうと思って。聞いてたのと違いますってならないように、そこだけは言質をとっておこうかと(笑)」
小西「わかりました(笑)。まだイメージがわかないところも多いんですけど、しっかり頑張りたいと思います」
物語で観客を惹きこむ。劇作家・ほさかようの神髄。
――― 今回、主演を務める小西成弥は空想組曲には初参加。だが、15年に『遠ざかるネバーランド』(脚本・演出:ほさかよう)で、ほさかワールドを経験した。
小西「舞台を観ていても、何となく先の展開が読めるものってありますよね。でも、ほさかさんの脚本は全然わからない。シンプルにわかりやすいお話もそれはそれで楽しいと思うんですけど、そうじゃない、観る側に想像力を求められる感じが僕は大好きで。またいつか絶対にご一緒したいと思っていたので、今回こうしてまた新しいほさかさんの一面が見られるのがとっても楽しみです」
ほさか「世代の違う役者さんと初めて一緒に作品作りをしていると、お互いの言葉の方向性がズレて、同じものを目指しているはずなのにどうにも上手く噛み合わない瞬間があったりします。だからどうしても最初の方は様子を見てしまう時間があったりするんですが、小西くんは“稽古の初期の段階から演出の要求には必死に応えるけど、あくまで自分の意思と責任で芝居をする”という、役者としての覚悟をはっきり示してくれたんです。若いのに信頼できる役者だと思いました。こちらもそれに応えないと。厳しいことも細かいことも遠慮せずガンガン言っていかないと! そんな感じで、かなり早い段階でアクセルを踏むことができた気がします」
小西「ほさかさんとは『遠ざかる〜』の後も、お茶をしたり御飯に行ったりさせていただいて。そこで演劇の話ができるっていうのも嬉しいですけど、何でしょうね、単純に一緒にいるのが楽しいって、ほさかさんといるとそんなふうに思えるんです」
ほさか「今回は百戦錬磨の、ちょっと頭のおかしい人しか集めてない(笑)。その中で、彼は最若手。相当大変だと思います。でもこのメンツに小西くんが加わることで、間違いなく大変さに見合った面白いものが作れる。そう確信して、今回主演を託しました」
中田「頭おかしいって言うのは、よくわかりますね。みんな芝居が大好きな人ばかり。全員ピンでいけるような人たちのいろんな組み合わせを約15本分いっぺんに観られるわけやから退屈しないのは間違いない。約15本分の舞台を観ただけの満足感があると思います」
小西「今回はみなさん初めてご一緒する方ばかり。今の僕の実力では手が届かない方々だと思うので、とにかく必死にもがいて頑張るしかないなっていう気持ちです」
ほさか「この作品を面白くさせるのは僕しかいない。小西くんにはそのくらいの気持ちでぶつかってきてほしいと思ってます。まぁ、甘えられると思わないでね、みんな頭おかしいから(笑)。」
――― 一方、ドラマターグ(作家の相談役)として数々の劇作家と膝を突き合わせてきた中田は、ほさかの戯曲の妙をこう解説する。
中田「ほさかくんは、ストーリー運びが巧いんです。ほさかくんとの出会いは、今から7〜8年前。当時の小劇場界は、ポスト・ドラマ全盛期。物語云々より、人間の持つ機微や感情のどこをえぐるかが焦点やった。その中で、ほさかくんは出会った頃から物語でお客さんをどこまで引きずりこめるかを価値としていた。だから、同世代の中でも浮いてたよね(笑)」
ほさか「(笑)」
中田「あと話がえぐいんです。野球で言うと、外角低めじゃなくて内角高めに投げてくる感じかな。内角高めって失敗するとスタンドに持っていかれるんですよ。ほさかくんって見た目とか作風からクールなイメージがあると思うんですけど、そういう無謀な球を全力で投げてくる人。そこが、ほさかようの面白さだと思う」
きっとこの作品が、空想組曲の新たな転機となる。
――― この変則短篇集では多彩な日替わりゲストも出演する。しかも、そのゲストに合わせて、その回限りの日替わり短篇も登場するとのこと。音符ひとつでも変われば、楽曲の印象はガラリと異なる。ステージごとの違いを楽しむのも、また一興となりそうだ。
中田「この先も劇作家・演出家として活躍されていくだろうほさかくんにとって、この短篇集は次の飛躍に向けてのひとつの区切り。きっとここから新しい空想組曲のシーズンがやってくるだろうと思っています。本屋へ行くとき、目当ての本の隣にあった本が気になって買ってみたら面白かったっていう体験ってあるじゃないですか。この短篇集が、お客さんにとってそんなふうに思いがけない出会いのきっかけになったらいいなと思います」
小西「みなさん、すごい方ばっかり。誰が誰と一緒に出てくるのか。そのいろんな組み合わせを楽しめるのも短篇集ならではですよね。さっきほさかさんに“面白くさせるのは僕次第”と言われたので、僕もその中でしっかり頑張らないとって気を引き締めています。ぜひみなさんにほさかさんの世界観を楽しんでもらえたら嬉しいです」
ほさか「僕は今回のキャストは最強に近い布陣だと思っています。これでつまらなければ、それはもう僕がつまらないということ。でも、そうはなりません。必ず他のどの舞台でも見たことのないものを見せるので、期待だけして劇場に来てください」
(取材・文&撮影:横川良明)