上質のストーリーに、予想の斜め上を行くコメディ要素をミックスした作風で人気の脚本家・演出家=江戸川崇。その江戸川が率いるカラスカが今年最初に放つ新作は、多重人格の女スパイを巡る騒動を描いた『美女と多重』。成り振り構わず繰り出される笑いと共に、複雑に絡み合った物語が見事に収束していくカラスカならではの持ち味が今回も存分に発揮されそうだ。魅力たっぷりの客演陣から中村裕香里と湯川尚樹に、そして劇団員から大仲マリと前田真弥に登場いただき、本作への期待を大いに話してもらった。
江戸川さんの頭の中を見てみたい
――― まず、今回演じる役どころについてお話しいただけますか?
中村「私は多重人格の主人公、夢川 苺を演じます。祖父が亡くなってお葬式をするんですけど、そこにたくさんの人格それぞれに関わる人たちがやって来て、でも私は自分が多重人格だとは理解していないので、てんやわんやになるというお話です(笑)。その人格の中の1つが女スパイで、ある重要機密を巡って別のスパイから狙われるというのが物語の主軸になっていきます」
湯川「僕は苺の親友のお兄ちゃん役で、ちょっとラブストーリー的な方向にも発展していくらしいんですけど、家族ぐるみの付き合いで、そのお葬式も仕切っていると。その場で起きるドタバタに翻弄されながら、やがて苺が多重人格だと知り、二人でいろいろな問題を隠してその場を収めようとしていく中、マリちゃん(大仲)や真弥(前田)たちがたぶん散らかしに来るんです(笑)。恋の行方もお葬式も、スパイの話も最終的にどうなるのか、見どころ満載なストーリーですね」
大仲「苺ちゃんがスパイモードのときのコードネームが“ストロベリードリーム”っていうんですけど、私はその仲間の“バイオレットフェザーウインド”という役です(笑)。彼女のお友達というか、味方ですね」
前田「僕は冥界を統べる王、アンデッドキングだと聞いています。脚本家から、あまりいろいろ言うなと言われていますので、これ以上は聞かないでください(笑)。ただ、今の時点ではかなり愉快な役どころをいただいた感覚があるので、ぜひ楽しみにしていただければと思います」
――― 中村さんも湯川さんも江戸川作品にはいくつか関わっていますが、どんな印象がありますか?
中村「江戸川さんの頭の中は一体どうなっているんだろうっていうか、脳みそがルービックキューブみたいだなと思って。カチカチカチって最後に全部がはまるというか……伝わります?」
――― 絶対合わなそうなパズルが合っていく感じですか?
中村「そう! それが最後にワーッと全部合って、むちゃくちゃ面白かったと思える作品だなって。だから毎回、観るのも出るのも楽しくて、自分にはないものばかり詰まっている作品だなって思いながらご一緒させていただいてます」
湯川「中村さんがルービックキューブっておっしゃいましたけど、ほんとにそういう感じですね。伏線がいくつ張られているんだ?っていうくらい複雑なのに、最後は全部が1本につながって、意地でも回収するっていう。だから僕も江戸川さんの頭の中を見てみたいっていつも思うし、作品に参加できるのは毎回すごく楽しみです」
役者の近くに寄り添いつつ委ねる江戸川演出
――― そんな中村さんと湯川さんを迎えるカラスカ側のメンバーに、お二人の印象をお聞きしたいです。
大仲「ゆかりん(中村)とは以前共演したことがありますけど、普段はド天然なのにお芝居になるととても真っ直ぐで、いい感じでキャッチボールさせてもらえるから、とてもやりやすいです。お芝居自体もすごくキラキラしていて素敵なので、今回もとても楽しみですね。湯川さんとの共演は初めてですけど、以前拝見したお芝居で引き出しがいっぱいある方なんだろうなと感じたので、今回はちょっと勉強させていただけたらなって思ってます……なんか真面目になっちゃいました(笑)」
前田「裕香里さんとは僕がカラスカに入団した年に外部作品で初めてご一緒したんですけど、当時僕はすごい人見知りだったんです。でも公演が終わるころには周りのキャストさんとも分け隔てなく話せるようになって、そのきっかけを作ってくれたのが、先輩後輩関係なく接してくださる裕香里さんでした。そのときはたぶん僕だけじゃなくて、キャスト全員が裕香里さんに助けられたという印象があります。そして尚兄ぃも……僕は湯川さんをそう呼んでるんですけど(笑)、とても話しやすい素敵な先輩で、お芝居の相談も何回かさせていただいてますし、台本に対してすごく一生懸命で、さらに予想を超えるような要素もたくさん持ち込んでくれます」
湯川「気持ちいいね(笑)」
中村「ありがとうございます(笑)」
――― 今度は皆さん全員に、江戸川さんの演出についてお聞きします。
中村「稽古場でダメ出しをするときに、みんなの前で机の向こうとかから指示するんじゃなくて、それぞれの役者の近くまで来てくれるんですよ。ダメ出しを聞く側の気持ちにちゃんと寄り添ってくれるから、どこができていないのかわかりやすいし、相談もしやすいです。ありがたいなと思います」
前田「確かに相談はしやすいですね。ただ、やっぱり劇団員と主宰は距離が近いせいか、ちょっと言葉は悪いかもしれませんが適当なところはあります。いい感じにお願いします、みたいな(笑)」
湯川「それは客演でもけっこうありますよ。でも、信頼されているというか、委ねてもらっている感じ」
大仲「自分で考えて成長できるよね」
湯川「あと、役者の近くに来てダメ出しするのを、江戸川さん自身もすごく楽しんでいる感じがします。キャスト全員に聞こえるように言っちゃうと、次はああいうふうにくるだろうって予想しちゃう人もいると思うんですけど、それを個々で変えてくるから、次にパッと稽古で通した瞬間に起きることがとてもリアルになるというか、それを狙っている感じがすごく伝わってくるんです。あと、お笑い部分もコソッと仕込んでますし(笑)」
中村「どんどん台本にアドリブが追加されていったりしますよね(笑)」
大仲「知らない小ネタが勝手に追加されてたり(笑)」
前田「そう。だから稽古場はいつも楽しいです」
カラスカの舞台は、明日を生きる元気をくれる
――― 初見の方に向けて、カラスカの魅力を伝えるとしたら?
前田「僕自身、カラスカの舞台を初めて観たときに価値観が変わったんです。舞台ってどうしても人前に立って見せるものだから、なんとなくちょっときれいに見せるところがあると思うんですけど、言葉を選ばずに言うと、とにかくブッ飛んでるな、すごいなと思って。それまでいろんなお芝居を観たりやったりして、お芝居ってこういうものだって思ってきた自分にとって、全く予想できないことがどんどん起こるのがカラスカの舞台。もちろんコメディですから笑えるし、すごくいい意味で、価値観が変わるよって言いたいです」
大仲「舞台をあまり見慣れていない方でも、頭を空っぽにして全力で笑って、ちょっとホロリときて、すっきりして帰れる。カラスカはそんな作品が多いかなって思ってます。私がいつも言ってるのは、“役者が全力でやる茶番劇”ですね(笑)。今回は多重人格がモチーフということで、技巧的にはみんなガチで真面目に取り組むと思うんですけど、観る方にはそう感じさせない、観やすいものになるんじゃないかなと思います」
湯川「僕は2017年に初めて江戸川さんの作品に携わらせていただいた後、カラスカさんの本公演も見させていただいて、役者としてじゃなく単純に演劇が好きな人の目線ですごくファンになったんです。マリちゃんが言ったようなとっつきやすさもあるし、笑いがあるからこそシリアスに泣ける部分もある。形としてはドタバタコメディが多いですけど、そうじゃない部分も注目して観られるし、1回だけじゃなく何度も観たくなる。だから今回、本公演に出させていただけて本当にありがとうございます!って感じで(笑)、初めて観る方も楽しめるようにいろいろ試行錯誤していきたいと思います」
中村「ある作品の稽古期間中に、江戸川さんの作品を観に行ったことがあったんです。そのときは演技のことですごく悩んでいたんですけど、本当に無になってたくさん笑って感動して、終わってロビーに出たらすごくスッキリして、これが娯楽としての正しい姿なんじゃないかなって……もちろんいろんな深いことを伝える舞台もあると思うんですけど、江戸川さんの作品は、明日を生きる元気をもらえるというか、気軽に映画を観に行くのと同じようにカラスカの舞台を観に行く、みたいな感覚になりやすいと思います。あと、私はずっとプロデュース公演にばかり出ていたので、今回は劇団公演ということで、一番劇団色が出る公演だと思うので……質問何でしたっけ?」(全員コケる&爆笑)
――― ちゃんと答えになっていましたよ。
中村「大丈夫ですか(笑)。今回はカラスカというものに特化した劇団員の方たちからのパワーもたくさんもらいながら、そこに私らしさも乗せて、いい作品にできたらいいなと思っています。やる側がこれだけ楽しみだと思える作品なので、絶対いいものになると感じますし、安心して劇場に来てもらえたら嬉しいです」
(取材・文&撮影:西本 勲)