1989年に国立(くにたち)音楽大学の学生や卒業生を中心に結成され、オペラの既存概念をくつがえし、誰にでも楽しんでもらえる舞台創造を目標に革新的な活動を続けてきた、『国立オペラ・カンパニー 青いサカナ団』が結成30周年を向かえる今年、また新たな試みを発信する。これまでの作品の劇中歌をライブ仕様にアレンジし、生バンド演奏で楽しんでもらうというもの。同団の生みの親である神田慶一は「オペラとポップを融合した新たな世界への第一歩となる」と意気込む。 ヴォーカルとして出演する高柳圭、岩田有加、瀬口杏奈と共に、本公演の見所を語ってもらった。
オペラの作り手として感じていた危機感
――― 旗揚げから30年間経ちました。これまでの足跡を振り返ってみての心境をお聞かせください。
神田「この30年を振り返ると、あまりにも色々なことがありました。一番の変化を感じるのは社会と文化の繋がり方でしょうか。お客さんが劇場に足を運ぶ、音楽に親しむといった構造に於いて、SNSという環境は30年前には全く予想も出来ませんでした。チラシや直の口コミであったものが、全く違ったメディアが出現したことで舞台の仕組みもここ10年で変わってきたと思います。団を作った頃は80年代の終わり、バブルの絶頂期でした。僕自身が日頃接していたのは“引越しオペラ”と呼ばれる外国から輸入された舞台でかなりのレベルを伴っていました。今では笑い話ですけど、チケットが8万円もした公演が完売していた物凄い時代でしたね。
あの当時は日本のお客様も初めて接する敷居の高いものに価値を認め、景気の後押しもあって高価なチケットでも良く売れていました。でもバブルが崩壊して30年経ち、環境も変わって、オペラを作り続ける側とすれば、どの様な意義を持って存続させるべきかを考えなくてはなりませんでした。ある意味危機感をずっと持っていました。格好良く言えば、自分勝手な使命感を持って団の活動を続けてきたのです」
他団体では味わえない世界
――― 今年1月には30周年を記念する定期公演として歌劇『アメデオ』を上演されました。出演された皆様はどんな舞台でしたでしょうか?
瀬口「2016年の第35回公演『海の青よりあおいもの』以来、3年ぶりの定期公演出演でしたが、重要な役割を頂きまして、正直プレッシャーがありました。私は音楽大学出身ではないですし、小劇場の役者なので、歌の舞台ということで緊張はしていました。大変でしたが、終わってみれば楽しかったですし、学べることも沢山あり、役者としての幅も広げることができました。『海の青〜』でサカナ団の舞台に初めて出演したときは、スケールの違いに圧倒されましたね。目の前でオーケストラが演奏して歌うという経験は初めてでしたし、豪華ですよね。キャストの皆さんは歌だけでなく演技も素晴らしいので、私も負けないようにという思いで精一杯でした」
岩田「サカナ団とは2011年以来、学生の時からお世話になっています。舞台の事は何も分からない状態からのスタートでしたが、うまく船に乗せて頂いたという感覚でしょうか。色んな経験をさせてここまで成長させてもらいました。1月の『アメデオ』では、前作『海の青〜』に続いて2度目のヒロインをやらせて頂いたのですが、1度目の時よりも要求されるものが非常に高くて、毎日悩む役どころでした。主演の重圧といいましょうか。それでも稽古を重ねる中で、自分では経験したことのない感情の境地を開くことができて、新たな表現力を手に入れた公演でもありました。サカナ団と共に成長をして来られた感覚です」
高柳「僕も青いサカナ団は2度目の出演です。僕にとって初めての出演となる『海の青よりあおいもの』では、神田さんの作る世界観のエネルギーに圧倒されてどっぷりはまってしまい、是非次回も!とお願いしたところ、『アメデオ』では、主人公のアメデオを演じさせてもらいました。大変光栄なことですよね。稽古が本格化する前に神田さんから『アメデオの人格が君の人格に“はまり過ぎる”かもしれない。それで潰れないでね』と脅されまして(笑)、俺どうなっちゃうんだろうと心配していましたが、僕の中ではアメデオと合致する感じがとても心地よくて、芸術家の紙一重な部分を楽しむことができました。僕は“M気質”なんでしょうかね(一同笑)
モーツァルトやヴェルディ、プッチーニの作品では、必ず先人達の舞台を観てしまうので、ある程度の先入観が入ってしまうのですが、『アメデオ』は画家のモディリアーニを題材にした作品なので、数少ない映画や絵画を観るぐらいしか、人物を研究できる機会がない。ある意味、人の手垢の付いていない役を演じられるのは物凄くやりがいを感じますね。それが他の団体さんとは決定的に違う部分なので、終わったあとの達成感だけでなく、ロス(喪失感)も激しい感じがします」
立ち方にも15度間隔での修正を求められます
――― 古くからの伝統を持つオペラに新しい感性を吹き込んだ、神田さんの世界はどのようなものなのでしょうか?
高柳「オペラの“古典”と言われる作品から脱却して、ゼロからイチを生み出す作業はとてもエネルギーを必要としますが、そこにやりがいも感じています。従来のオペラでは、いかに良い声で歌うかにフォーカスが当たるのですが、青いサカナ団では、歌は勿論のこと、立ち方の角度にさえ15度単位の修正が求められる。神田さんが僕の声質を理解した上で演技を求めてくるので、僕は舞台上でアメデオであることに100パーセント集中できます。オペラ歌手という枠を超えて、演技の楽しさ、難しさを教えてくださった神田さんには感謝しかないですね」」
瀬口「神田さんの作品は、一言で表現すると忙しいですよね。私自身、歌も演技も精一杯なので、緩急の付け方がとても難しいです。特に歌い方はポップスとは全然違うので、そこはかなりトレーニングをしました。マイクもないので、発声法から違います。
アメデオの中では、通行人から重要な役まで、複数の役を担当したのですが、その切り替えをどうするべきかと悩みました。でも私は役者なので、悩みながらも楽しむことが出来たと思います。稽古を重ねていく過程で、役に入り込む“一線”みたいなものがあって、そこを超えていくタイミングに、野球好きな私になぞらえて、神田さんから『打率が上がってきましたね』とかけられるのが嬉しいですね」
岩田「神田さんの作品は目線や手の動きに至るまですごい細かい。『海の青〜』で、逃げるシーンがあったのですが、底の高いサンダルを履いて、何度も『スピードに強弱をつけて』とやり直しをさせられた事を覚えています」
神田「なんだかネガティブな意見ばかりが続いていますが……」(一同笑)
岩田 「これから良い事言います(笑)! でもそういう細かい部分が自然に出来るようになると、演技だけでなく、作品自体の厚みも増しますので、積み重ねてきて良かったなと思います」
オペラ400年の伝統の価値を大切にしたい
――― 今回はライブバンドステージという演技なしの新しい試みになります。
神田「僕はずっと30代までバンド活動をやっていて、団が軌道に乗るまではポップスの仕事の方がメインでした。そのバンド名が『End of Blue Project』でした。今回のライブは、これまでのオペラ定期公演の中で歌われた楽曲を、ライブバンドで演奏する……、いわば“番外編”ですね。僕の気持ちとしてはかつてのバンドの再始動という感覚もあります。これまで1年1本のペースで新作オペラを書いてきましたが、キャスト・スタッフ含めかなり精力を傾けないと作れません。また短い公演期間の中では、どうしても限られた人達にしか青いサカナ団の魅力を発信できないというジレンマもありました。またオペラには伝播力のあるヒットチューンが少ない。どんなに良い作品を作ろうとも、知名度がなかなか上がっていかない事に課題を感じていて、前公演の『アメデオ』で、もう少し多くの方に受け入れてもらえるようにポップの要素を多めに取り込みました。その傾向をよりアクティブな形にしようと企画をしたのが、今回のライブバンドになります。僕が30年間書いてきた作品の楽曲をポップにアレンジして、バンド編成で鳴らします。
どれだけのお客様が興味を示すか分かりませんが、YouTubeに少しずつ曲を上げていっているので、じわじわとでも僕の曲に興味を持った方がライブに来て頂き、更に夢中になってオペラに来てもらいたい。2017年にCDアルバムをリリースしたのも同じ意図がありましたが、今回はライブバンドを通してオペラへの入り口を広げてみたいと思っています。例えば『トゥーランドット』の『誰も寝てはならぬ』のようなアリアはスタンダードオペラの入り口として、或いはクラシック音楽への入り口としてすでに開かれていますが、そこには再生産しか道はないんです。僕に限らず今日を生きている作家は、現実社会の良い点も悪い点も感じたままに“新しいアリア”を生み出すことが可能です。小説でも演劇でも漫画でもアニメでも出来ていることをオペラの領域でやりたいというのが、僕の願いなのです。
残念ながら、どんなに良い歌手が出てきても、現状のオペラの有り様は再生産でしかないと感じます。文化という側面を考えたときには、時代が要求する新しいものを作っていく作業が絶対的に必要であると思っています。演劇やポップミュージックでも漫画・アニメでも新しい書き手がどんどん登場していますが、オペラの書き手というのは数が物凄く少ないですよね。それはニーズがなくなっていることに尽きると思います。この30年でもオペラが廃れてミュージカルが人気を博しているのもその1つです。またここ数年は漫画やアニメを題材とした舞台に、音楽や芝居を入れた“2.5次元モノ”も台頭してきて、それらは素晴らしいものだと思いますが、オペラを愛する人間としては、そこに危機感を感じます。
僕がオペラという皆様から見れば古い形態にしがみついている理由は、400年の伝統の中に必ず価値があると信じるからです。その火を消してしまってはいけないという思いが強くあります。でもそこを前面に押し出しても誰も来てくれませんから、熱い思いは胸のうちに秘めつつ、オペラの味わいや伝統美をいかに分かりやすく、同時に現代的に提供できるかを考えて行動に移したのが、CDリリースであり、YouTubeであり、今回のライブバンドになります」
より質が高いものが求められる時代に
――― 『ミュージカルとの違いは?』と聞かれた時には、どうお答えしていますか?
神田「確かに難しい質問だと思います。現実にオペラ業界では僕の作品は『ミュージカルだ』と言われていますし、逆にミュージカルの人達からは『オペラだ』と言われます。意図せずにその中間に属していると言いましょうか、時代がそういうものを求めていると勝手に思っています。違いはなんですか?と聞かれると定義付けは容易に出来ますが、正解は正直言えば答えられません。ただ、ミュージカルの楽曲はマイクが前提として書かれていますが、僕の曲は基本的にノーマイクを前提に書いています。それはオペラが正攻法な演劇同様にノーマイクを前提になりたっている芸術だからです。やはりテクノロジーを使うと、ある意味色々なやり方で逃げられるんですよ。オペラは1発1発が生なので、歌い手のコンディション調整や、指揮者やオーケストラ、スタッフとの連携も含めて全員で真剣取り組まないといけないスリルがあります。
これからの舞台芸術は規模の大きい小さいでなく、宣伝規模の大小でもなく、より心に刺さるもの、より質の高いものがもとめられる時代にスライドしていくと思います。そう願っているだけなのですが、お客様が単なる評判ではなく、一人ひとりの素直な感想や気持ちに向き合って目の前の作品を判断する時代が来て欲しいのです。その時により優れた作家や表現者が必ず求められます。その時に改めて青いサカナ団の存在が試されると信じています」
――― これまで定期公演でしか聞けなかった曲が一度に堪能できる貴重な機会になりますね。最後に意気込みを教えてください。
高柳「僕も2作品にしか携わっていないので、それ以外の作品の曲に非常に興味があります。僕自身も昔、軽くバンドをやっていたのでとても楽しみです。今回はピアノ、サックス、パーカッション、ベースと、クインテットの構成で、ジャズ的な要素もフュージョンされているので、カッコよくてサカナ団の魅力の詰まったステージになると思っています」
瀬口「私もライブ経験はあるので楽しみです。今回は神田さんの曲を純粋に楽しんで頂ける機会ですし、普段公演を観て頂いている方にも新しい世界を提供できると思っています。『アメデオ』を観たお客様も楽しみにされている方が多いので、プレッシャーもありますが、神田さんの世界をゆっくり堪能しに来てください」
岩田「私が初めて舞台に立った2011年の第31回公演『あさくさ天使』のアリア、『ユメコの唄』を歌うことを個人的には楽しみにしています。とっても素敵なアリアですが、ポップスに変わったバージョンはとてもカッコよくなっていますので、是非注目してください。気に入ってくださった方には是非、CDを購入してもらいたいですね」
神田「ライブの後の話を少しさせてもらいますと、9月からまた違った取り組みを考えています。20年後を見据えてオペラとポップスを融合して再提出する試みになると思います。もちろん、その先に来年行なう新作オペラの準備も既に始めています。オペラやクラシックの伝統と現代のポップカルチャーを融合させてより先鋭化させていくこと…。それが今後の僕らの主な企みになります。その一番目のアプローチが今回のライブバンドです。きっと皆様に楽しんでもらえるステージになりますので、是非多くの方に遊びに来てもらいたいです」
(取材・文&撮影:小笠原大介)