金田明夫と言えば数多くのテレビドラマで味のある演技を見せる名バイプレイヤーの一人。写真や出演するドラマを観れば「あっ、この人」とすぐに気が付くほど顔が知られている。最近ならば『警視庁・捜査一課長』での小山田管理官といえば解り易いかも知れない。その風貌から時には強面な役回りを演じることも多いが、「俳優仲間でも初めて会う人は、相当怖い人だと思っていて(笑)」とは本人の弁。ところが実際に話してみると実に物腰柔らかなナイス・ダンディだ。
そんな金田には、テレビで活躍する一方で演劇集団円に所属する俳優としての活動もある。それも在籍40年を越える劇団の重鎮ともいえる存在だが、この秋の本公演ではその金田が中心となってシェイクスピアの『ヴェニスの商人』を手がけるという。
――― 今回の「ヴェニスの商人」ではクレジットにドラマトゥルクとして金田の名前が入っている。つまり企画から金田の意見がだいぶ反映されているとみるのだが。
「かなり色濃く僕の意見が入っています。前回の『リチャード三世』、『マクベス』、『オセロー』の3本をやったときも 僕がどの方向に持って行きたいかを演出家が汲んでくれて世界観をつくってくれました。今回も金田の世界観を皆で共有して上演しようということです。演出の小川君もまだ正式デビューしていないメンバーですが、劇団としては演出家も育てなくてはいけません。それもひとつの役目ですから」
――― その活躍の時期から半世紀を越えた現在でも、多くの演劇人が挑み、様々な解釈を試みるシェイクスピア作品。もちろん金田が所属する円でも度々取り上げてきた。
「シェイクスピアも色々なやり方で上演されていて、そこには多様な面白さがあると思います。手がけてみると気づきますが、シェイクスピアって、100人が100人“自分のシェイクスピア”を持っているんです。だから他の人のシェイクスピアを観ると自分だったらこうするのになと自問して、自分なりのシェイクスピアを創り上げる。それだけ伸びしろがあるんです。そしていろいろなシェイクスピアが全部具象化できてしまう。そこが凄さだと思います」
――― 例えば自分なりのシェイクスピアを作り上げる過程で、時代設定を変えたり性別を入れ替えたりする試みも行われてきた。しかし今回は基本に忠実な台本が用意されている。
「時代設定などはたいした問題ではありません。それを変えたところで作品の世界観は変わりませんから。僕はチェーホフも大好きですが、彼の方がだいぶ細かい決め事がある。シェイクスピアは大なたで割ったようなところがあるので、ディティールをどう扱うかで全く違ったものになり得るんです。やってみるとわかる面白さですね。だから全ての物語の根本になり得るわけです」
――― 変化球を使わない。正々堂々と取り組んだシェイクスピアが現代に通用するか。それはひとえに取り組む側の意識にかかっているだろう。どこまで物語を読み込み、表現していくかに他ならない。
「最初の3本のシェイクスピアを手がけたときに考えたのが、敷居が高く“学問”となったシェイクスピアを、お芝居として楽しめるものにしようという事でした。“誰にでも解るシェイクスピア”じゃないとだめだと思うんです。解り易いことはくだらないことではなく、間口を広くすることですから。だから今回も『ヴェニスの商人』の筋書きに詳しいような人はともかくとして、むしろ初めて見る人が楽しめる。さらに専門家が観ても解釈の違いに反応する、そこを狙っています」
――― さて、『ヴェニスの商人』について多くの人が知っているストーリーは、貿易商であるアントーニオが友人バサーニオのために高利貸しであるシャイロックに金をかりる。シャイロックはもしも返せなかったときにはアントーニオの人肉を1ポンドもらい受けるという契約をする。後日、嵐によって貿易船が難破し、金を返せなくなったアントーニオに対してシャイロックは約束の人肉を要求する。バサーニオが金を用意するが、頑として受け取らずアントーニオの肉を要求するシャイロック。どちらが正しいかを公正に判断するために裁判が開かれる……というもの。本来の戯曲ではさらに「箱選び」と「指輪の行方」というストーリーがある。
「今回は戯曲に書かれていることを全部やりますから全てのエピソードが入ります。ただその“人肉裁判”の部分が一番知られていますね。そこで僕がいつも思うのはなんでシャイロックはアントーニオの“肉”を奪おうとして裁判にまで持ち込んだのか。友人が用意した金を受け取ればそれで済むのにね。僕はそこに注目したいんです。
さらにこの物語にはキリスト教徒(アントーニオ、バサーニオ)とユダヤ教徒(シャイロック)という図式があり、普段は蔑んでいるシャイロックに金を借りざるを得なかったのは何故なのか。だって一番借りたくなかった相手なはずでしょ。そういった部分は観客が気づかなくても、演じる側は意識しないといけないと思います。シェイクスピアは台詞量が膨大ですから、言うだけで精一杯になってしまうこともありますからね」
――― 話を聞いていると子供の頃に読んだ「強欲な金貸しを懲らしめる物語」という単純な物語などではなく、とても深くて黒い沼が物語の下に広がっているような錯覚を受ける。
「だから『ヴェニスの商人』を読んだことがある人が、芝居を観た後に読み返して寒気がする芝居をしたいと思います。誰もやっていない部分が沢山あるはずです」
――― そして今回一緒に『ヴェニスの商人』を創り上げるキャストは、ベテランから若手まで、実に幅広い年代の役者が参加している。
「まず最初の3本に出演した男性陣がいます。そこに新世代の女性陣が加わりました。劇団だからこそこういったメンバーが組めるんです。僕はそれが嬉しい。劇団代表の橋爪功の芝居を40年見続けています。ヅメさん(橋爪)も僕の芝居を40年見続けてくれている。若手に対してもお互いに十数年見続けている。そして今結果を出さなくても良い、つまり一人一人の成長を見続けることができるのが劇団の良さですね」
――― こんな風に熱心にシェイクスピアや劇団のことを語っている金田の表情は、言うまでもないけれどテレビドラマをメインステージにしている俳優のものではない。
「人からあなたは何をやってる人なの?と聞かれたら、やっぱり僕は『舞台俳優です』って答えますね」
――― その言葉に、少し嬉しくなった。
(取材・文&撮影:渡部晋也)